What's New

ここには全ページに

共通の項目が表示されます。

 

<利用例>

What's New!

 

<利用例>

お問合わせはこちらから

2009年3月14(土) 第3回黙示録セミナー by エレミヤ  NO1  午後
第3回黙示録セミナー NO1 午後 090314.wma
Windows Media 音楽ファイル 7.8 MB
第3回黙示録セミナー  夜の部 1               NO2
黙示録セミナー090314夜!1.wma
Windows Media 音楽ファイル 8.1 MB
第3回黙示録セミナー  夜の部 2               NO3
第3黙示録セミナー NO3 夜の部2 090314.wma
Windows Media 音楽ファイル 5.0 MB
3月15(日) 第3回黙示録セミナー  午前          NO4
第3回黙示録セミナー NO4 午前 090315.wma
Windows Media 音楽ファイル 4.5 MB
第3回黙示録セミナー           午後          NO5
黙示録セミナー090315午後!.wma
Windows Media 音楽ファイル 6.9 MB

         第3回黙示録セミナー  テキスト

黙示録セミナーテキスト H21年3月14日(土)午後2時より

 

<黙示録のポイント1:

 

 

終末の預言は、神の民の区分をするために用いられる

 

*”ヨハネの黙示録 51 また、私は、御座にすわっておられる方の右の手に巻き物があるのを見た。それは内側にも外側にも文字が書きしるされ、七つの封印で封じられていた。

2 また私は、ひとりの強い御使いが、大声でふれ広めて、「巻き物を開いて、封印を解くのにふさわしい者はだれか。」と言っているのを見た。

3 しかし、天にも、地にも、地の下にも、だれひとりその巻き物を開くことのできる者はなく、見ることのできる者もいなかった。

4 巻き物を開くのにも、見るのにも、ふさわしい者がだれも見つからなかったので、私は激しく泣いていた。”

 

”ダニエル128 私はこれを聞いたが、悟ることができなかった。そこで、私は尋ねた。「わが主よ。この終わりは、どうなるのでしょう。」

9 彼は言った。「ダニエルよ。行け。このことばは、終わりの時まで、秘められ、封じられているからだ。

10 多くの者は、身を清め、白くし、こうして練られる。悪者どもは悪を行ない、ひとりも悟る者がいない。しかし、思慮深い人々は悟る。”

 

<ポイント>

 

黙示録の封印された巻き物とは、黙示録自身のこと。それは、封印されている。

黙示録の封印は、ダニエル書の封印に通じる。すなわち、正しく思慮ぶかいものは、

悟り、悪人は一人も悟る事のないため、それは用いられる。

明らかに終末の預言は、神の民の区分、選別、よりわけのために

もちいられる。

悟らなかった悪人の例は主イエスをメシヤ

と認められなかった律法学者。いくら聖書の知識があっても目の前に

いるメシヤを正しく認められなかった彼等には

悟りはなかった。

同じく終末の獣の国を前にしても、反キリストを前にしてもそれと気付かない、

人がこれから起きる。

事実、現在、神の民はすでによりわけられており、おかしな終末教理を本物であると

つかんでしまった人々も多い。


<黙示録のポイント2:

 

全てのクリスチャンが主の再臨の日、永遠の命にはいるわけではない、 逆にさばきに入る人々がいる。

 

 

*マタイ2531 人の子が、その栄光を帯びて、すべての御使いたちを伴って来るとき、人の子はその栄光の位に着きます。

32 そして、すべての国々の民が、その御前に集められます。彼は、羊飼いが羊と山羊とを分けるように、彼らをより分け、

33 羊を自分の右に、山羊を左に置きます。

34 そうして、王は、その右にいる者たちに言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国を継ぎなさい。

35 あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、

36 わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』

37 すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。

38 いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。

39 また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』

40 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』

41 それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火にはいれ。

42 おまえたちは、わたしが空腹であったとき、食べる物をくれず、渇いていたときにも飲ませず、

43 わたしが旅人であったときにも泊まらせず、裸であったときにも着る物をくれず、病気のときや牢にいたときにもたずねてくれなかった。』

44 そのとき、彼らも答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹であり、渇き、旅をし、裸であり、病気をし、牢におられるのを見て、お世話をしなかったのでしょうか。』

45 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、おまえたちに告げます。おまえたちが、この最も小さい者たちのひとりにしなかったのは、わたしにしなかったのです。』

46 こうして、この人たちは永遠の刑罰にはいり、正しい人たちは永遠のいのちにはいるのです。」

 

<ポイント>

 

1. 羊、やぎは神の民、クリスチャンに関することばである。どちらも外見は似ている。

見た目、似ているが、しかし、区分があることを語る。

2. 見た目似ている、羊、やぎの中に、何と永遠のいのち、永遠の刑罰という、極端に異なる区分が 行われる。

3.この話は艱難時代のことをさすと思われる。その艱難の時代、主のことばのために苦難に会う、 クリスチャンをどう対応するかで、その人の後の日の酬いは変わってくる。

4. このやぎ、羊の区別は通常の教会時代に起きる事というより、

艱難時代という特殊な時代にクリスチャンの間に大きな区分がおきることを示す。

 

 

*マタイ251 そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、花婿を出迎える十人の娘のようです。

2 そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。

3 愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。

4 賢い娘たちは、自分のともしびといっしょに、入れ物に油を入れて持っていた。

5 花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めた。

6 ところが、夜中になって、『そら、花婿だ。迎えに出よ。』と叫ぶ声がした。

7 娘たちは、みな起きて、自分のともしびを整えた。

8 ところが愚かな娘たちは、賢い娘たちに言った。『油を少し私たちに分けてください。私たちのともしびは消えそうです。』

9 しかし、賢い娘たちは答えて言った。『いいえ、あなたがたに分けてあげるにはとうてい足りません。それよりも店に行って、自分のをお買いなさい。』

10 そこで、買いに行くと、その間に花婿が来た。用意のできていた娘たちは、彼といっしょに婚礼の祝宴に行き、戸がしめられた。

11 そのあとで、ほかの娘たちも来て、『ご主人さま、ご主人さま。あけてください。』と言った。

12 しかし、彼は答えて、『確かなところ、私はあなたがたを知りません。』と言った。

13 だから、目をさましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないからです。

 

<ポイント>

 

主の再臨の日、クリスチャンが花嫁となる日にもやはり、2種類のクリスチャンの運命がある。

 

 

*黙示録1414 また、私は見た。見よ。白い雲が起こり、その雲に人の子のような方が乗っておられた。頭には金の冠をかぶり、手には鋭いかまを持っておられた。

15 すると、もうひとりの御使いが聖所から出て来て、雲に乗っておられる方に向かって大声で叫んだ。「かまを入れて刈り取ってください。地の穀物は実ったので、取り入れる時が来ましたから。」

16 そこで、雲に乗っておられる方が、地にかまを入れると地は刈り取られた。

17 また、もうひとりの御使いが、天の聖所から出て来たが、この御使いも、鋭いかまを持っていた。

18 すると、火を支配する権威を持ったもうひとりの御使いが、祭壇から出て来て、鋭いかまを持つ御使いに大声で叫んで言った。「その鋭いかまを入れ、地のぶどうのふさを刈り集めよ。ぶどうはすでに熟しているのだから。」

19 そこで御使いは地にかまを入れ、地のぶどうを刈り集めて、神の激しい怒りの大きな酒ぶねに投げ入れた。

20 その酒ぶねは都の外で踏まれたが、血は、その酒ぶねから流れ出て、馬のくつわに届くほどになり、千六百スタディオンに広がった。

 

<ポイント>

 

ここには、2種類の刈り入れが書かれている。

 

 

<黙示録のポイント3:>

 

 

終末の日、多くのクリスチャンが裁かれるその理由は、彼等が正しい人々を カルト扱いし、死に追いやるからである。

 

*マタイ1016 いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。

17 人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを議会に引き渡し、会堂でむち打ちますから。

18 また、あなたがたは、わたしのゆえに、総督たちや王たちの前に連れて行かれます。それは、彼らと異邦人たちにあかしをするためです。

19 人々があなたがたを引き渡したとき、どのように話そうか、何を話そうかと心配するには及びません。話すべきことは、そのとき示されるからです。

20 というのは、話すのはあなたがたではなく、あなたがたのうちにあって話されるあなたがたの父の御霊だからです。

21 兄弟は兄弟を死に渡し、父は子を死に渡し、子どもたちは両親に立ち逆らって、彼らを死なせます。

22 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人々に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。

23 彼らがこの町であなたがたを迫害するなら、次の町にのがれなさい。というわけは、確かなことをあなたがたに告げるのですが、人の子が来るときまでに、あなたがたは決してイスラエルの町々を巡り尽くせないからです。

 


<ポイント>

 

兄弟は兄弟を死に渡すとは、意味の隠されたたとえであり、教会の

兄弟姉妹が他方の主につく兄弟たちをカルトであると、死刑の罪に

問わせる日がくる。

 

 

*ヨハネ17

19 そこで、大祭司はイエスに、弟子たちのこと、また、教えのことについて尋問した。

20 イエスは彼に答えられた。「わたしは世に向かって公然と話しました。わたしはユダヤ人がみな集まって来る会堂や宮で、いつも教えたのです。隠れて話したことは何もありません。

21 なぜ、あなたはわたしに尋ねるのですか。わたしが人々に何を話したかは、わたしから聞いた人たちに尋ねなさい。彼らならわたしが話した事がらを知っています。」

22 イエスがこう言われたとき、そばに立っていた役人のひとりが、「大祭司にそのような答え方をするのか。」と言って、平手でイエスを打った。

23 イエスは彼に答えられた。「もしわたしの言ったことが悪いなら、その悪い証拠を示しなさい。しかし、もし正しいなら、なぜ、わたしを打つのか。」

24 アンナスはイエスを、縛ったままで大祭司カヤパのところに送った。

28 さて、彼らはイエスを、カヤパのところから総督官邸に連れて行った。時は明け方であった。彼らは、過越の食事が食べられなくなることのないように、汚れを受けまいとして、官邸にはいらなかった。

29 そこで、ピラトは彼らのところに出て来て言った。「あなたがたは、この人に対して何を告発するのですか。」

30 彼らはピラトに答えた。「もしこの人が悪いことをしていなかったら、私たちはこの人をあなたに引き渡しはしなかったでしょう。」

 

<ポイント>

 

イエスを死においやったのは、神の民ユダヤ人、また聖書の専門家である

律法学者、また祭司である。同じことは終末の日に起きる。

                                                

*黙示録69 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあかしとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。

10 彼らは大声で叫んで言った。「聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」

11 すると、彼らのひとりひとりに白い衣が与えられた。そして彼らは、「あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがたと同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいなさい。」と言い渡された


 

<ポイント>

 

神のことばに忠実であるため、他のクリスチャンから、死を宣告される

人々が黙示録の日に起きる。

 

 

*黙示録171 また、七つの鉢を持つ七人の御使いのひとりが来て、私に話して、こう言った。「ここに来なさい。大水の上にすわっている大淫婦へのさばきを見せましょう。

2 地の王たちは、この女と不品行を行ない、地に住む人々も、この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです。」

3 それから、御使いは、御霊に感じた私を荒野に連れて行った。すると私は、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。

4 この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた。

5 その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、「すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン。」という名であった。

6 そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。私はこの女を見たとき、非常に驚いた。

 

<ポイント>

 

1.この女は。教会と関係がある。

ぶどう酒を飲んでいるが、それは、教会の聖餐式のぶどう酒に通じる。

姦淫を犯すというが、姦淫とは、夫のある女が犯す事である。キリストを夫とする教会のことをさす。

 

この女は、「聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っている」すなわち、

教会は真のクリスチャンを迫害する。それゆえ、裁きに会う。

 

 

黙示録セミナーテキスト、獣の国、アメリカ (2)

H21年3月14日(土)午後6時より

 

レムナントキリスト教会

 

(1)何故終末の預言は封印されており、さっぱりわからないのか? その理由は、この預言の書は、全ての人に対して開かれるように与えられたものではなく、 逆に神の民の間に選別を行い、よりわけ、区分を行うために与えられたものだから。

 

*ダニエル28 王は答えて言った。「私には、はっきりわかっている。あなたがたは私の言うことにまちがいはないのを見てとって、時をかせごうとしているのだ。

9 もしあなたがたがその夢を私に知らせないなら、あなたがたへの判決はただ一つ。あなたがたは時が移り変わるまで、偽りと欺きのことばを私の前に述べようと決めてかかっている。だから、どんな夢かを私に話せ。そうすれば、あなたがたがその解き明かしを私に示せるかどうか、私にわかるだろう。」

10 カルデヤ人たちは王の前に答えて言った。「この地上には、王の言われることを示すことのできる者はひとりもありません。どんな偉大な権力のある王でも、このようなことを呪法師や呪文師、あるいはカルデヤ人に尋ねたことはかつてありません。

11 王のお尋ねになることは、むずかしいことです。肉なる者とその住まいを共にされない神々以外には、それを王の前に示すことのできる者はいません。」

12 王は怒り、大いにたけり狂い、バビロンの知者をすべて滅ぼせと命じた。

 

<ポイント>  

 

.1.かつてのダニエルの日、獣の像に関する王の夢と解きあかしを告げることのできなかった、 バビロンの知者たちは皆殺される事になった。解きあかし(解釈)ができるかどうかが、 命を得る、失う事と直結したのである。 これは、預言でもあり、終末の日、黙示録、淫婦バビロンの時、ただしく 終末の預言を解き明かせない、バビロンの知者は、命を失う可能性がある。終末の獣の 国はいったいどの国なのかということに関しても、

アメリカ、バビロン化した現代のキリスト教会には、真実が消え失せている可能性が高い。

 

2. 現代のバビロンはアメリカであり、アメリカ由来のレフトビハインド、艱難前携挙説等の 教えに惑わされた、神学者、教師達こそ、バビロンの知者である。

彼等の誰一人として、終末の獣の国を正しく解きあかし、解釈できる人はいない。

 

 

3.ダニエルの日、バビロンの知者は多くいたが、誰一人正しく夢を解きあかし(解釈)

したものはいない。同じく現代のバビロン、アメリカ由来の解釈がはびこる、この

時代においても惑わされ、錯綜、混乱した多くの解釈がある。

 

ダニエル12:8私はこれを聞いたが悟ることができなかった。そこで、 

私は尋ねた。「わが主よ。この終わりはどうなるのでしょう。」 

9 彼は言った。「ダニエルよ。行け。このことばは、終わりの時まで、秘められ、 

封じられているからだ。 

10. 多くの者は、身を清め、白くし、こうして練られる。悪者どもは 

悪を行い、一人も悟るものがいない。しかし、思慮深い人々は悟る。 

 

<ポイント>

 

主イエスの時も悪を行い、偽善者であった、律法学者、パリサイ人のうち、

イエスこそ、キリストであると悟った者はほとんどいなかった。

彼らはダニエル書の70週の預言もよく知っていたが、目の前にいる、

このナザレのイエスがそのメシアであると悟らなかったのである。

同じことが終末に起き、悪い人々は聖書預言はよく知っていても、

なおかつ裁かれるようになるであろう。

 

 

*黙示録31 また、サルデスにある教会の御使いに書き送れ。『神の七つの御霊、および七つの星を持つ方がこう言われる。「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、生きているとされているが、実は死んでいる。

2 目をさましなさい。そして死にかけているほかの人たちを力づけなさい。わたしは、あなたの行ないが、わたしの神の御前に全うされたとは見ていない。

3 だから、あなたがどのように受け、また聞いたのかを思い出しなさい。それを堅く守り、また悔い改めなさい。もし、目をさまさなければ、わたしは盗人のように来る。あなたには、わたしがいつあなたのところに来るか、決してわからない。

 

<ポイント>

 

1. ほとんどのプロテスタントのクリスチャンは、「死んでいる」

従っって、正しく、再臨に対応できない。

2. サルデス、すなわちプロテスタントは主の再臨がいつあるのか「決してわからない」

3. これは、イエスの初臨を気付かなかった旧約の神の民と同じ。

彼等は裁きに入った。

4. 何故平均的プロテスタントのクリスチャンは、主の再臨が「決してわからない」のか?

それは、彼等の間に伝わる教理の問題である。レフトビハインドなどのいう、

艱難前携挙、一週の契約=7年の中東平和条約等の嘘が彼等を惑わすのである。

 

 

(2)黙示録は教会の裁き、クリスチャンの裁きに

      ついて書いてある。

 

 

*マタイ2335 それは、義人アベルの血からこのかた、神殿と祭壇との間で殺されたバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上で流されるすべての正しい血の報復があなたがたの上に来るためです。

36 まことに、あなたがたに告げます。これらの報いはみな、この時代の上に来ます。

37 ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。

38 見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。

39 あなたがたに告げます。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に。』とあなたがたが言うときまで、あなたがたは今後決してわたしを見ることはありません。」

 

<ポイント>

 

イエスの時代の人々は、旧約の神の民の最後の世代の人々であり、彼等は、イエスを殺し、裁きにあった。同じことが新約の最後の世代に起きる可能性がある。

すなわち、正しい人々をカルト扱いし、死に渡し、裁かれるのである。

 

*ヨハネの黙示録 161 また、私は、大きな声が聖所から出て、七人の御使いに言うのを聞いた。「行って、神の激しい怒りの七つの鉢を、地に向けてぶちまけよ。」

 

*ヨハネの黙示録 14 ヨハネから、アジヤにある七つの教会へ。常にいまし、昔いまし、後に来られる方から、また、その御座の前におられる七つの御霊から、

 

<ポイント>

 

教会に関連することばは、7である。7つの教会、7つの御霊、7つの燭台。

同じく黙示録の災いにも7の数字が使われている。7つのラッパ、7つの鉢。

これは裁きの対象がすなわち、教会であることを暗示していないか?

 


*ヨハネの黙示録 171 また、七つの鉢を持つ七人の御使いのひとりが来て、私に話して、こう言った。「ここに来なさい。大水の上にすわっている大淫婦へのさばきを見せましょう。

2 地の王たちは、この女と不品行を行ない、地に住む人々も、この女の不品行のぶどう酒に酔ったのです。」

 

*マタイの福音書 2623 イエスは答えて言われた。「わたしといっしょに鉢に手を浸した者が、わたしを裏切るのです。

 

 

<ポイント>

 

黙示録にある、裁かれる淫婦バビロンの描写には、ぶどう酒、鉢が書かれている。

これらは、教会で用いられるものである。

 

*マタイ1324 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、こういう人にたとえることができます。ある人が自分の畑に良い種を蒔いた。

25 ところが、人々の眠っている間に、彼の敵が来て麦の中に毒麦を蒔いて行った。

26 麦が芽生え、やがて実ったとき、毒麦も現われた。

27 それで、その家の主人のしもべたちが来て言った。『ご主人。畑には良い麦を蒔かれたのではありませんか。どうして毒麦が出たのでしょう。』

28 主人は言った。『敵のやったことです。』すると、しもべたちは言った。『では、私たちが行ってそれを抜き集めましょうか。』

29 だが、主人は言った。『いやいや。毒麦を抜き集めるうちに、麦もいっしょに抜き取るかもしれない。

30 だから、収穫まで、両方とも育つままにしておきなさい。収穫の時期になったら、私は刈る人たちに、まず、毒麦を集め、焼くために束にしなさい。麦のほうは、集めて私の倉に納めなさい、と言いましょう。』」

31 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、

32 どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」

33 イエスは、また別のたとえを話された。「天の御国は、パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」

34 イエスは、これらのことをみな、たとえで群衆に話され、たとえを使わずには何もお話しにならなかった。

35 それは、預言者を通して言われた事が成就するためであった。「わたしはたとえ話をもって口を開き、世の初めから隠されていることどもを物語ろう。」

36 それから、イエスは群衆と別れて家にはいられた。すると、弟子たちがみもとに来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください。」と言った。

37 イエスは答えてこう言われた。「良い種を蒔く者は人の子です。

38 畑はこの世界のことで、良い種とは御国の子どもたち、毒麦とは悪い者の子どもたちのことです。

39 毒麦を蒔いた敵は悪魔であり、収穫とはこの世の終わりのことです。そして、刈り手とは御使いたちのことです。

40 ですから、毒麦が集められて火で焼かれるように、この世の終わりにもそのようになります。

41 人の子はその御使いたちを遣わします。彼らは、つまずきを与える者や不法を行なう者たちをみな、御国から取り集めて、

42 火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。

43 そのとき、正しい者たちは、天の父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい。

44 天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。

45 また、天の御国は、良い真珠を捜している商人のようなものです。

46 すばらしい値うちの真珠を一つ見つけた者は、行って持ち物を全部売り払ってそれを買ってしまいます。

47 また、天の御国は、海におろしてあらゆる種類の魚を集める地引き網のようなものです。

48 網がいっぱいになると岸に引き上げ、すわり込んで、良いものは器に入れ、悪いものは捨てるのです。

49 この世の終わりにもそのようになります。御使いたちが来て、正しい者の中から悪い者をえり分け、

50 火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。

 

<ポイント>

 

1. クリスチャンは麦にたとえられるが、しかし、その

麦にも倉に入れられる麦と、火で焼かれる毒麦とがある。

 

2. また、魚に例えられるが、その中にも器に入れられる良い魚と

火の炉で燃やされる悪いものがある。

黙示録の裁きとは、この悪いものへの裁きである。

 

3. 同じように神のことばを聞いて育っても、毒麦、悪い者は、

火に投げ込まれて裁かれる。

 

4. 麦は神のことば、教理と関係しており、同性愛擁護の教理、

パレスチナ人殺害を肯定する教理など、おかしな教理に

入る人は毒麦化し、火の裁きに入る。

 

5. 魚は水にすむものであり、水、すなわち聖霊に生きるクリスチャンのたとえ、

悪い魚すなわち、悪霊トロントリバイバルの霊を喜んで受ける人々は、

火で焼かれる。

 

 

6. 彼等が裁かれるその理由は、正しいクリスチャンをカルト扱いし、死に追いやるからと

推察される。

 

7. このようなこと、たくさんのクリスチャンがよりわけられ、区分され、

さばきへ渡されること、これは、終末ならではの特別なこと。

 

 

 

(3)終末の獣の国、アメリカによる反キリスト擁

      立の日

 

 

*黙示録13章:1 また私は見た。海から一匹の獣が上って来た。これには十本の角と七つの頭とがあった。その角には十の冠があり、その頭には神をけがす名があった。

2 私の見たその獣は、ひょうに似ており、足は熊の足のようで、口はししの口のようであった。竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。

3 その頭のうちの一つは打ち殺されたかと思われたが、その致命的な傷も直ってしまった。そこで、全地は驚いて、その獣に従い、

4 そして、竜を拝んだ。獣に権威を与えたのが竜だからである。また彼らは獣をも拝んで、「だれがこの獣に比べられよう。だれがこれと戦うことができよう。」と言った。

5 この獣は、傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ、四十二か月間活動する権威を与えられた。

6 そこで、彼はその口を開いて、神に対するけがしごとを言い始めた。すなわち、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちをののしった。

7 彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され、また、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。

8 地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。

9 耳のある者は聞きなさい。

10 とりこになるべき者は、とりこにされて行く。剣で殺す者は、自分も剣で殺されなければならない。ここに聖徒の忍耐と信仰がある。

11 また、私は見た。もう一匹の獣が地から上って来た。それには小羊のような二本の角があり、竜のようにものを言った。

12 この獣は、最初の獣が持っているすべての権威をその獣の前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を拝ませた。

13 また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行なった。

14 また、あの獣の前で行なうことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。

15 それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。

16 また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。

17 また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。

18 ここに知恵がある。思慮ある者はその獣の数字を数えなさい。その数字は人間をさしているからである。その数字は六百六十六である。

 

<ポイント>

 

 最初の獣、7つの頭と10本の角を持つ獣は国のことであり、アメリカをさす。

 

5節「この獣は、傲慢なことを言い、けがしごとを言う口を与えられ、四十二か月間活動する権威を与えられた。」とは、アメリカ主導で3年半の艱難時代が到来することをさす。

 

6節「そこで、彼はその口を開いて、神に対するけがしごとを言い始めた。すなわち、神の御名と、その幕屋、すなわち、天に住む者たちをののしった。」とは、アメリカ主導で、

神につく真実なクリスチャンがカルトだ、原理主義者だとののしられ、冒涜的な

教理が流布することをさす。

 

 7節「 彼はまた聖徒たちに戦いをいどんで打ち勝つことが許され、また、あらゆる部族、民族、国語、国民を支配する権威を与えられた。」とは、アメリカ主導で、キリスト教会の教理変質が許され、

クリスチャンの信仰堕落が許される事、さらに世界のキリスト教会を支配する権威がアメリカに 与えられる事をさす。

 

8節「 地に住む者で、ほふられた小羊のいのちの書に、世の初めからその名の書きしるされていない者はみな、彼を拝むようになる。」とは、アメリカを拝む事すなわち、アメリカ主導の 教理、悪霊リバイバルを受け入れるか否かが、その人の永遠の命を受ける、受けないに 関係する事をさす。

 

11節「 また、私は見た。もう一匹の獣が地から上って来た。それには小羊のような二本の角があり、竜のようにものを言った。」とは、獣化した世界大のキリスト教会をさす。その

2本の角とは、キリスト教の2大勢力、カソリック、プロテスタントをさす。

その日、教会は獣化し、神の忌み嫌うものとなる。

 

12節「 この獣は、最初の獣が持っているすべての権威をその獣の前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を拝ませた。」とは、最初の獣すなわち、アメリカの権威の下で、 世界のキリスト教会の統一、変質、獣化が進む事をさす。

 

13節「 また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行なった。」とは、 この獣教会の売りは悪霊の火が下る事、しるしと不思議のリバイバルであることをさす。


 

14節「 また、あの獣の前で行なうことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし」とは、 アメリカ主導の獣キリスト教会においては、悪霊のしるしのみ、許され、許可されるが、 聖霊のしるしは許されない事をさす。

「剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。」とは、 獣の像、すなわち、獣のかたちである一人の人、反キリストを拝むよう、クリスチャンに命じられることをさす。

 

15節「 それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。」とは、反キリストに息、すなわち、霊のパワーを与え、また、 反キリストを拝まない者は死刑との法律を制定することをさす。

 

16節「 また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。」とは、悪霊の刻印である。 右の手と額とは按手の組み合わせ。

 

7節「 また、その刻印、すなわち、あの獣の名、またはその名の数字を持っている者以外は、だれも、買うことも、売ることもできないようにした。」とは、獣の霊を受けた人以外、教会での 奉仕を行えないことをさす。売り買いは、買い取る、すなわちあがないと関連する言葉。 教会用語である。