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2014年3月9(日) 第33回黙示録セミナー by  エレミヤ     前半
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33回黙示録セミナー H26.3. 9(日)

 

 

 

「 海に投げ込まれる山 」

 

 

 

 

 

1, 聖書は終末の日に、燃える山が海に投げ込まれることを書いている。

 

 

 

下記の通りである。

 

 

 

黙示録

 

8:8 第二の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えている大きな山の ようなものが、海に投げ込まれた。そして海の三分の一が血となった。

 

 

 

 

 

本日はこのことを見ていく。

 

 

 

2, 山が動くこと、移されることは聖書の中で、たびたび語られている。

 

 

 

以下の通りである。

 

 

 

詩篇

 

46:2 それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。

 

 

 

  46:3 たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。セラ

 

 

 

 

 

山が動くことの意味合いは?

 

 

 

聖書は、主が「たとえによらないで語られることはなかった」ことを述べている。(マルコ4章。)

 

 

 

従って、山が動くことに関してもそれは、文字通りというより、たとえの意味合いがあると理解できる。

 

 

 

 

 

 

 

山が動くことのたとえの意味合いは何か?

 

 

 

 

 

山は木が生える場所として、教会のたとえと理解できる。山にはオリーブ、ぶどうなどの木が生えるが、それらの木はまた、クリスチャンのたとえでもある。

 

 

 

山はそれらの木が生える、多くのクリスチャンが存在する場所として、教会のたとえと理解できる。

 

 

 

山は動かないものである。武田信玄が、「動かざること山のごとし」と言ったというが、山は動かないものの代名詞でもある。

 

 

 

同じ意味合いで、キリストの教会は決して動かないもの、その教理も歩みも、目標も、方向も決して変わらないもの、と多くのクリスチャンが理解している。

 

 

 

カソリックに至っては、神のことばといわれる、聖書さえ、誤りがある、しかし、教会のみは不動であり、誤りがない、とさえ語っている。

 

 

 

しかし、聖書はまったく別のことを語っている。上記の様に不動のものと思われた教会が動いてしまうこと、変わってしまうこと、変化してしまうことを語る。

 

 

 

これらは御国の奥義に属することがらではあるが、

 

 

 

しかし、この時代、正しく歩み、永遠の命を獲得しようと志す人々はこのこと、山は動き、教会は変質する、という奥義を理解しなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

3,バビロン捕囚:

 

 

 

聖書は、旧約の神の民は、神の与えてくださった約束の地に最後まで

 

留まったのではないこと、逆にその地から移されてしまったことを述べる。

 

 

 

北のイスラエルは、アッシリアに移され、南のユダはバビロンに捕囚となって

 

移されてしまった。

 

 

 

 

 

以下の記述の通りである。

 

 

 

 

 

2歴代誌

 

36:11 ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。

 

 

 

 36:12 彼はその神、主の目の前に悪を行ない、主のことばを告げた預言者エレミヤの前にへりくだらなかった。

 

 

 

 36:13 彼はまた、ネブカデネザルが、彼に、神にかけて誓わせたにもかかわらず、この王に反逆した。このように、彼はうなじのこわい者となり、心を閉ざして、イスラエルの神、主に立ち返らなかった。

 

 

 

 36:14 そのうえ、祭司長全員と民も、異邦の民の、忌みきらうべきすべてのならわしをまねて、不信に不信を重ね、主がエルサレムで聖別された主の宮を汚した。

 

 

 

 

 

 36:15 彼らの父祖の神、主は、彼らのもとに、使者たちを遣わし、早くからしきりに使いを遣わされた。それは、ご自分の民と、ご自分の御住まいをあわれまれたからである。

 

 

 

36:16 ところが、彼らは神の使者たちを笑いものにし、そのみことばを侮り、その 預言者たちをばかにしたので、ついに、主の激しい憤りが、その民に対して積み重ね  られ、もはや、いやされることがないまでになった。

 

 

 

36:17 そこで、主は、彼らのもとにカルデヤ人の王を攻め上らせた。彼は、剣で、彼らのうちの若い男たちを、その聖所の家の中で殺した。若い男も若い女も、年寄りも老衰の者も容赦しなかった。主は、すべての者を彼の手に渡された。

 

 

 

   36:18 彼は、神の宮のすべての大小の器具、主の宮の財宝と、王とそのつかさたちの財宝、これらすべてをバビロンへ持ち去った。

 

 

 

   36:19 彼らは神の宮を焼き、エルサレムの城壁を取りこわした。その高殿を全部火で燃やし、その中の宝としていた器具を一つ残らず破壊した。

 

 

 

 36:20 彼は、剣をのがれた残りの者たちをバビロンへ捕え移した。こうして、彼らは、ペルシヤ王国が支配権を握るまで、彼とその子たちの奴隷となった。“

 

 

 

 

 

決して動くべきでない神の民は移され、変質してしまったのである。

 

 

 

 

 

神の約束の地にとどまるべき彼らは移され、移動し、異邦の地、バビロンへ捕らえ移されてしまったのである。山は動いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4, 新約の教会もバビロン捕囚される:

 

 

 

バビロン捕囚は、旧約の神の民だけに関係あることではない。

 

 

 

というより、逆に旧約のバビロン捕囚は、たとえであり、見本であり、型に過ぎない。

 

 

 

本番のバビロン捕囚は、新約の神に民において行われる。

 

以下の黙示録のバビロンに関する記述は、

 

 

 

新約の神の民がバビロン捕囚されることを暗示し、預言するものである。

 

 

 

黙示録

 

18:1 この後、私は、もうひとりの御使いが、大きな権威を帯びて、天から下って来るのを見た。地はその栄光のために明るくなった。

 

 

 

 18:2 彼は力強い声で叫んで言った。「倒れた。大バビロンが倒れた。そして、悪霊の住まい、あらゆる汚れた霊どもの巣くつ、あらゆる汚れた、憎むべき鳥どもの巣くつとなった。

 

 

 

 18:3 それは、すべての国々の民が、彼女の不品行に対する激しい御怒りのぶどう酒を飲み、地上の王たちは、彼女と不品行を行ない、地上の商人たちは、彼女の極度の好色によって富を得たからである。」

 

 

 

 18:4 それから、私は、天からのもう一つの声がこう言うのを聞いた。「わが民よ。この女から離れなさい。その罪にあずからないため、また、その災害を受けないためです。

 

 

 

 18:5 なぜなら、彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神は彼女の不正を覚えておられるからです。

 

 

 

 18:6 あなたがたは、彼女が支払ったものをそのまま彼女に返し、彼女の行ないに応じて二倍にして戻しなさい。彼女が混ぜ合わせた杯の中には、彼女のために二倍の量を混ぜ合わせなさい。

 

 18:7 彼女が自分を誇り、好色にふけったと同じだけの苦しみと悲しみとを、彼女に与えなさい。彼女は心の中で『私は女王の座に着いている者であり、やもめでは ないから、悲しみを知らない。』と言うからです。

 

 

 

 18:8 それゆえ一日のうちに、さまざまの災害、すなわち死病、悲しみ、飢えが彼女を襲い、彼女は火で焼き尽くされます。彼女をさばく神である主は力の強い方だからです。

 

 

 

 18:9 彼女と不品行を行ない、好色にふけった地上の王たちは、彼女が火で焼かれる煙を見ると、彼女のことで泣き、悲しみます。

 

 

 

 

 

 18:10 彼らは、彼女の苦しみを恐れたために、遠く離れて立っていて、こう言います。『わざわいが来た。わざわいが来た。大きな都よ。力強い都、バビロンよ。あなたのさばきは、一瞬のうちに来た。』

 

 

 

 18:11 また、地上の商人たちは彼女のことで泣き悲しみます。もはや彼らの商品を買う者がだれもいないからです。

 

 

 

 18:12 商品とは、金、銀、宝石、真珠、麻布、紫布、絹、緋布、香木、さまざまの象牙細工、高価な木や銅や鉄や大理石で造ったあらゆる種類の器具、

 

 

 

 18:13 また、肉桂、香料、香、香油、乳香、ぶどう酒、オリーブ油、麦粉、麦、牛、羊、それに馬、車、奴隷、また人のいのちです。

 

 

 

 18:14 また、あなたの心の望みである熟したくだものは、あなたから遠ざかってしまい、あらゆるはでな物、はなやかな物は消えうせて、もはや、決してそれらの物を見いだすことができません。

 

 

 

 18:15 これらの物を商って彼女から富を得ていた商人たちは、彼女の苦しみを恐れたために、遠く離れて立っていて、泣き悲しんで、

 

 

 

 18:16 言います。『わざわいが来た。わざわいが来た。麻布、紫布、緋布を着て、金、宝石、真珠を飾りにしていた大きな都よ。

 

 

 

 

 

 18:17 あれほどの富が、一瞬のうちに荒れすたれてしまった。』また、すべての船長、すべての船客、水夫、海で働く者たちも、遠く離れて立っていて、

 

 

 

 18:18 彼女が焼かれる煙を見て、叫んで言いました。『このすばらしい都のような所がほかにあろうか。』

 

 

 

 18:19 それから、彼らは、頭にちりをかぶって、泣き悲しみ、叫んで言いました。『わざわいが来た。わざわいが来た。大きな都よ。海に舟を持つ者はみな、この都のおごりによって富を得ていたのに、それが一瞬のうちに荒れすたれるとは。』

 

 

 

 18:20 おお、天よ、聖徒たちよ、使徒たちよ、預言者たちよ。この都のことで喜びなさい。神は、あなたがたのために、この都にさばきを宣告されたからです。」

 

 

 

 18:21 また、ひとりの強い御使いが、大きい、ひき臼のような石を取り上げ、海に投げ入れて言った。「大きな都バビロンは、このように激しく打ち倒されて、もはやなくなって消えうせてしまう。

 

 

 

 18:22 立て琴をひく者、歌を歌う者、笛を吹く者、ラッパを鳴らす者の声は、もうおまえのうちに聞かれなくなる。あらゆる技術を持った職人たちも、もうおまえのうちに見られなくなる。ひき臼の音も、もうおまえのうちに聞かれなくなる。

 

 

 

 

 

 18:23 ともしびの光は、もうおまえのうちに輝かなくなる。花婿、花嫁の声も、もうおまえのうちに聞かれなくなる。なぜなら、おまえの商人たちは地上の力ある者どもで、すべての国々の民がおまえの魔術にだまされていたからだ。

 

 

 

 18:24 また、預言者や聖徒たちの血、および地上で殺されたすべての人々の血が、この都の中に見いだされたからだ。」“

 

 

 

 

 

ここに、「すべての国々の民が、彼女の不品行に対する激しい御怒りのぶどう酒を飲み」3節:と書かれているように、

 

 

 

バビロン、アメリカキリスト教会ゆかりの惑わしの霊は全世界の教会に及ぶ。

 

すなわち、全世界の教会がバビロン化し、捕らえ移されていくのである。

 

5,動くべきでない山は終末の日に動き、移されていく。

 

 

 

 

 

聖書は動くべきでない、動くとは誰も思っていない山が動くこと、

 

 

 

たとえの意味合いとしては

 

 

 

 

 

決して変わることのないはずの教会の方針や、教理が変遷し、ついには、教会ならぬものになっていくことを暗示する。

 

 

 

 

 

以下の通りである。

 

 

 

黙示録

 

 8:7 第一の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、血の混じった雹と火とが現われ、地上に投げられた。そして地上の三分の一が焼け、木の三分の一も焼け、青草が全部焼けてしまった。

 

 

 

 8:8 第二の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、火の燃えている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして海の三分の一が血となった。

 

 

 

 8:9 すると、海の中にいた、いのちのあるものの三分の一が死に、舟の三分の一も打ちこわされた。

 

 

 

 8:10 第三の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が天から落ちて来て、川々の三分の一とその水源に落ちた。

 

 

 

  8:11 この星の名は苦よもぎと呼ばれ、川の水の三分の一は苦よもぎのようになった。水が苦くなったので、その水のために多くの人が死んだ。

 

 

 

 8:12 第四の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一とが打たれたので、三分の一は暗くなり、昼の三分の一は光を失い、また夜も同様であった。

 

 8:13 また私は見た。一羽のわしが中天を飛びながら、大声で言うのを聞いた。「わざわいが来る。わざわいが、わざわいが来る。地に住む人々に。あと三人の御使いがラッパを吹き鳴らそうとしている。」“

 

 

 

 

 

ここに書かれていることは、山が動き、海に投げ込まれること、  

 

 

 

具体的には、決して動くことのないはずの山、教会が変質し、移動し、別のところへいくことである。

 

 

 

このことばの通り、現在の教会は以前の教理をもう廃棄しており、変質しており、

 

カソリックでは、もう地獄はない、といい、進化論は科学的であるので否定できない(創世記の記述は間違い)という。

 

 

 

また、プロテスタントも、性同一障害などとのことばを用いて、聖書に反して、同性愛を受け入れつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6, 全ての山や島は動かされる:

 

 

 

さらに聖書は全ての山や島が動かされることを述べる。

 

 

 

以下の通りである。

 

 

 

黙示録

 

6:12 私は見た。小羊が第六の封印を解いたとき、大きな地震が起こった。そして、太陽は毛の荒布のように黒くなり、月の全面が血のようになった。

 

 

 

 6:13 そして天の星が地上に落ちた。それは、いちじくが、大風に揺られて、青い実を振り落とすようであった。

 

 

 

 6:14 天は、巻き物が巻かれるように消えてなくなり、すべての山や島がその場所から移された。

 

 

 

たとえの意味合いとしては、全ての教団、教派が移され、聖書的にあるべき位置から移されることをさす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7, 燃える山の意味合い:

 

 

 

燃える山の様なものが海に投げ込まれるというが、燃える山の意味合いは何か?

 

 

 

火、燃えるはペンテコステの日に炎の様なものが下ったとの記述の様に霊的なことのたとえ。終末の教会は惑わしの霊に捕らえられていくことをさすと理解できる。

 

 

 

以下のことばの通りである。

 

 

 

1テモテ

 

 4:1 しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。”

 

 

 

 

 

ここに書いてあるように、終末の日の教会は

 

 

 

1.惑わす霊;霊的な惑わし、

 

 

 

2.悪霊の教え:教理的な偽りに陥るようになる。

 

 

 

 

 

 

 

8, 強いものを縛る:

 

 

 

イエスの時代は、王であるイエスを追い出し、また、強いものであるキリストを縛り、

 

追い出すゆえに、悪霊に席巻されるようになった。

 

 

 

 

 

マタイ

 

12:43 汚れた霊が人から出て行って、水のない地をさまよいながら休み場を捜しますが、見つかりません。

 

 

 

 12:44 そこで、『出て来た自分の家に帰ろう。』と言って、帰って見ると、家はあいていて、掃除してきちんとかたづいていました。

 

 

 

 12:45 そこで、出かけて行って、自分よりも悪いほかの霊を七つ連れて来て、みなはいり込んでそこに住みつくのです。そうなると、その人の後の状態は、初めよりもさらに悪くなります。邪悪なこの時代もまた、そういうことになるのです。」“

 

 

 

 

 

この時代は主を追い出し、王であるキリストを追い出した。結果、悪霊に席巻されるようになる。

 

 

 

 

 

マタイ

 

 12:29 強い人の家にはいって家財を奪い取ろうとするなら、まずその人を縛ってしまわないで、どうしてそのようなことができましょうか。そのようにして初めて、その家を略奪することもできるのです。

 

 

 

 12:30 わたしの味方でない者はわたしに逆らう者であり、わたしとともに集めない者は散らす者です。

 

 

 

   12:31 だから、わたしはあなたがたに言います。人はどんな罪も冒涜も赦していただけます。しかし、聖霊に逆らう冒涜は赦されません。

 

 

 

 12:32 また、人の子に逆らうことばを口にする者でも、赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、だれであっても、この世であろうと次に来る世であろうと、赦されません。

 

 

 

 

 

彼らは以下の様にこの国の強い方、キリストを縛った。結果、悪霊に席巻されるようになる。

 

 

 

 

 

マタイ

 

27:1 さて、夜が明けると、祭司長、民の長老たち全員は、イエスを死刑にするために協議した。

 

 

 

 27:2 それから、イエスを縛って連れ出し、総督ピラトに引き渡した。“

 

 

 

 

 

主は彼らを集め様としたが、彼らはそれを好まなかった。イエスを拒絶し、追い出した。

 

 

 

以下のことばのとおりである。

 

 

 

ルカ

 

13:34 ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人た ちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。

 

 

 

 13:35 見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。わたしはあなたがたに言います。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に。』とあなたがたの言うときが来るまでは、あなたがたは決してわたしを見ることができません。」“

 

 

 

 

 

 

 

9, 悪霊に惑わされた結果:

 

 

 

悪霊に惑わされた神の民は、自ら、自分たちの王を十字架で殺し、また、惑わしの中で ローマに反抗し、自滅し、滅んだ。

 

 

 

以下のことばの通りである。

 

 

 

ルカ

 

19:41 エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣 いて、

 

 

 

 19:42 言われた。「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。

 

 

 

 19:43 やがておまえの敵が、おまえに対して塁を築き、回りを取り巻き、四方から攻め寄せ、

 

 

 

 19:44 そしておまえとその中の子どもたちを地にたたきつけ、おまえの中で、一つの石もほかの石の上に積まれたままでは残されない日が、やって来る。それはおまえが、神の訪れの時を知らなかったからだ。」“

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10, 新約の神の民も強いもの、聖霊を追い出し、結果悪霊に席巻される:

 

 

 

結果、山、教会は燃え、海に、悪霊の海に投げ込まれるのである。

 

 

 

 

 

以下のことばの通りである。

 

 

 

2テサロニケ

 

2:6 あなたがたが知っているとおり、彼がその定められた時に現われるようにと、いま引き止めているものがあるのです。

 

 

 

 2:7 不法の秘密はすでに働いています。しかし今は引き止める者があって、自分が取り除かれる時まで引き止めているのです。“

 

 

 

 

 

彼、反キリストの到来を引き止めているものとは、新約の教会の強いもの、聖霊のことである。

 

 

 

しかし、聖霊は教会から、「取り除かれる」、すなわち、追い出される。

 

結果、教会は悪霊に席巻されるのである。

 

 

 

 

 

このことは、以下のことばからも暗示される。

 

 

 

黙示録

 

 3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。”

 

 

 

7つ目の教会、終末の最後の教会において、聖霊である主は教会の戸の外にいる、すなわち、家から追い出されている。

 

 

 

11, 悪霊はどのようにして教会に浸透するか?

 

 

 

それは、しるしと不思議を通してである。このことを以下のことばが暗示する。

 

 

 

 

 

マタイ

 

24:23 そのとき、『そら、キリストがここにいる。』とか、『そこにいる。』とか言う者 があっても、信じてはいけません。

 

 

 

 24:24 にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。“

 

 

 

 

 

 

 

2テサロニケ

 

2:9 不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、

 

 

 

 2:10 また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。

 

 

 

 2:11 それゆえ神は、彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送り込まれます。

 

 

 

 2:12 それは、真理を信じないで、悪を喜んでいたすべての者が、さばかれるためです。

 

 

 

以下の反キリストもしるしと不思議とともに現れる:

 

 

 

黙示録

 

 13:12 この獣は、最初の獣が持っているすべての権威をその獣の前で働かせた。また、地と地に住む人々に、致命的な傷の直った最初の獣を拝ませた。

 

 

 

 13:13 また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行なった。

 

 

 

 13:14 また、あの獣の前で行なうことを許されたしるしをもって地上に住む人々を惑わし、剣の傷を受けながらもなお生き返ったあの獣の像を造るように、地上に住む人々に命じた。

 

 

 

 13:15 それから、その獣の像に息を吹き込んで、獣の像がもの言うことさえもできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。

 

 

 

 13:16 また、小さい者にも、大きい者にも、富んでいる者にも、貧しい者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々にその右の手かその額かに、刻印を受けさせた。“

 

 

 

12, 現代はもうすでに怪しいしるしと不思議が起きている時代:

 

 

 

これらのしるしと不思議は、単に聖書の預言に留まらず、現在の教会ですでに起こりつつあることである。

 

 

 

ピーターワグナーの語る聖霊の第3の波。

 

 

 

ベニーヒンなどのリバイバル。

 

 

 

13, 惑わしの霊に従う人々が正しい人々を迫害する:

 

 

 

聖霊に従う人々が悪霊に惑わされた人々に迫害されるようになる。

 

 

 

黙示録

 

16:12 第六の御使いが鉢を大ユーフラテス川にぶちまけた。すると、水は、日の出るほうから来る王たちに道を備えるために、かれてしまった。

 

 

 

 16:13 また、私は竜の口と、獣の口と、にせ預言者の口とから、かえるのような汚れた霊どもが三つ出て来るのを見た。

 

 16:14 彼らはしるしを行なう悪霊どもの霊である。彼らは全世界の王たちのところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日の戦いに備えて、彼らを集めるためである。

 

 

 

 16:15 ――見よ。わたしは盗人のように来る。目をさまして、身に着物をつけ、裸で歩く恥を人に見られないようにする者は幸いである。――

 

 

 

 16:16 こうして彼らは、ヘブル語でハルマゲドンと呼ばれる所に王たちを集めた。

 

 

 

 16:17 第七の御使いが鉢を空中にぶちまけた。すると、大きな声が御座を出て、聖所の中から出て来て、「事は成就した。」と言った。

 

 

 

 16:18 すると、いなずまと声と雷鳴があり、大きな地震があった。この地震は人間が地上に住んで以来、かつてなかったほどのもので、それほどに大きな、強い地震であった。

 

 

 

 16:19 また、あの大きな都は三つに裂かれ、諸国の民の町々は倒れた。そして、大バビロンは、神の前に覚えられて、神の激しい怒りのぶどう酒の杯を与えられた。

 

 

 

 16:20 島はすべて逃げ去り、山々は見えなくなった。

 

 

 

 16:21 また、一タラントほどの大きな雹が、人々の上に天から降って来た。人々は、この雹の災害のため、神にけがしごとを言った。その災害が非常に激しかったからである。“

 

 

 

 

 

イエスをベルゼブル扱いすることに関連して以下の様に語られている。

 

すなわち、このことは、終末の日に聖霊を悪霊呼ばわりすることの型なのである。

 

 

 

 

 

マタイ

 

 12:31 だから、わたしはあなたがたに言います。人はどんな罪も冒涜も赦していただけます。しかし、聖霊に逆らう冒涜は赦されません。

 

 

 

 

 

 12:32 また、人の子に逆らうことばを口にする者でも、赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、だれであっても、この世であろうと次に来る世であろうと、赦されません。“

 

 

 

 

 

また、終末の日に霊による分裂が起きることが以下の様に書かれている。

 

 

 

ルカ

 

12:49 わたしが来たのは、地に火を投げ込むためです。だから、その火が燃えていたらと、どんなに願っていることでしょう。

 

 

 

 12:50 しかし、わたしには受けるバプテスマがあります。それが成し遂げられるまでは、どんなに苦しむことでしょう。

 

 

 

 12:51 あなたがたは、地に平和を与えるためにわたしが来たと思っているのですか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ、分裂です。

 

 

 

 12:52 今から、一家五人は、三人がふたりに、ふたりが三人に対抗して分かれるようになります。

 

 

 

 12:53 父は息子に、息子は父に対抗し、母は娘に、娘は母に対抗し、しゅうとめは嫁に、嫁はしゅうとめに対抗して分かれるようになります。」“

 

 

 

 

 

 

 

何故、聖霊が下ると分裂が起きるのか?その理由は互いの霊が違うからである。

 

片方は、聖霊、他方は悪霊に導かれている。

 

 

 

 

 

結果、分裂がおきるのである。

 

 

 

 

 

 

 

―以上―