聖書箇所 創世記47:30

 

47:30 私が先祖たちとともに眠りについたなら、私をエジプトから運び出して、先祖たちの墓に葬ってくれ。」するとヨセフは言った。「私はきっと、あなたの言われたとおりにいたします。」

 

「『先祖たちの墓』に入る」というテーマで、みことばに沿ってみていきたいと思います。

 

上記みことばは、父ヤコブが、息子のヨセフに語ったことばです。「私が先祖たちとともに眠りについたなら、私をエジプトから運び出して、先祖たちの墓に葬ってくれ。」と。ちなみに「墓」とは、実際に死んだ人の骨を埋葬するものではありますが、しかし聖書においては、「死後」のことをも言われています。そして、創世記50章においては、ヨセフもヤコブと同じことを言いました。

 

参照 創世記50:24,25

50:24 ヨセフは兄弟たちに言った。「私は死のうとしている。神は必ずあなたがたを顧みて、この地からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせてくださいます。」

50:25 そうして、ヨセフはイスラエルの子らに誓わせて、「神は必ずあなたがたを顧みてくださるから、そのとき、あなたがたは私の遺体をここから携え上ってください。」と言った。

 

「アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地」のことばと、さきほどの「先祖たちの墓」とは、同じことを言われています。そして、「アブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地」とは、クリスチャンの約束の地である「天の御国」のことなのです。そしてヤコブ、ヨセフ、両者共に、「エジプト」から運び出す、ということを要望しています。このことにひとつの意味合いがあります。

 

前にも話したかもしれませんが、「エジプト」は、「この世」を象徴します。たとえば、黙示録には、「ソドムやエジプトと呼ばれる大きな都」ということばが出てくるのですが、このことは、「この世に着いた教会」のことを言われています。一般的に「教会」と聞けば、どこも大差がなく、一色単のイメージがあると思います。けれども、聖書において、教会は「天地」にもたとえられていますように、神さまの目には、天的な教会と地的な教会(この世化した教会)とに区分されています。そして彼らが「エジプト」から運び出すとか、携え上るということをわざわざ言ったことには深い意味合いがあります。それは、エジプトという国から、自分の遺体を運んで先祖たちが入った墓に葬って欲しいということのほかに、エジプト化した教会、この世化した教会から離れて、永遠の命を受け継ぐ、ということをも言われているのです。

 

先ほど、「墓」は「死後」を指す、というふうに言いましたが、もし、わたしたちがエジプトから出ない、というときに・・・つまり、この世化した教会にいつまでも留まっている、というときに、アブラハムやイサクやヤコブが入った墓、先祖たちの墓、すなわち「天の御国」に入らない、という可能性があるのです。ですからこのことは、多少なりともまじめに考えていかなければいけません。教会の教理においても、個々のクリスチャンの歩みにおいても、この世的なことに引っ張られたままですと、「天の御国」が危なくなる可能性がある、ということをここで言われているのでは?と思うからです。

 

せっかくですので、エジプト化した教会についていくつか例を挙げたいと思います。「地獄は無い」「クリスチャンはさばかれない」「艱難前携挙説」「艱難中携挙説」「進化論は否定できない」「教会の言うことが正しく、聖書に誤りがある」「キリスト以外にも救いがある」などということを奨励していたり、提唱したりしている教会がそうだと言えると思います。もし、このようなことにお心あたりがありましたら、注意が必要なのでは?と思います。ヤコブやヨセフが言った「エジプトから運び出す」ということが正しいので・・・もし、教会がエジプト化しているかな?と思うなら、そこから脱出しないと永遠の命が危ないと思います。

 

ちなみにレムナントキリスト教会では、そういう日が来ることを見越して「仮庵の祭り」(地下教会)をしています。と、言いますのは、もう、すでに多くの教会は多少なりともエジプト化している方向に進んでいるからです。地下教会で何をしているのか?と言うと、同じように礼拝をしています。ただし、さきほど挙げたようなことは受け入れていませんし、また、そういうことに関して、聖書のみことばから、「それは違うので、正しい方向に歩みましょう!」ということを、礼拝のメッセージをはじめ、各働きを通して行っております。

 

そうなんです。もし、エジプト化した教会、この世化した教会から出たあとには、こういった働きをしていくことにポイントがあるのです。それは一般の教会では、なかなかむずかしいのですが、しかし、たとえ小さな群れであっても、地下教会をしていくことで可能となりますので、御心を感じましたら、ぜひ、実践されていくことをおすすめいたします。

 

今回は、エジプト化した教会にずっと留まってしまうときに、「先祖たちの墓」(天の御国)が危ない、ということに関して話をさせていただきました。一見聞くと、「本当なの?」と耳を疑うかもしれませんが、しかし聖書では、たとえを通してこのようなことを言われていますので、よろしければご理解いただけると幸いに思います。