Ⅰ列王記17

 

17:1 ギルアデのティシュベの出のティシュベ人エリヤはアハブに言った。「私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。」

雨が降らない期間:新約では3年半(大艱難時代) 終末はすべての人が救われるわけではない

世の終わり:謎があったり、封印されている 見る人は見るが悪者は1人も悟らない

世の終わりに関しての記述:しるし、サイン、ヒントがある

北イスラエルの預言者エリヤ:終末とオーバーラップしている(マラキ書で言われている)

参照 マラキ書4:4

艱難時代の特徴:露も雨も降らない、聖霊の働きが消えてしまう、聖霊が枯渇してしまう

でも、聖書的には、2,3年は聖霊の働きが無い 人の目とは違う時代がやってくる

参照 黙示録 ユーフラテスの川は枯れる 悪霊のリバイバルは大繁盛する

人間の目には、大聖会が行われていく 参照 黙示録13章 666の刻印 売り買い:救いの導きやメッセージは、悪霊の器以外は出来なくなる

これからは大洪水が来る 霊的な目や耳が見えるかによって、大きく変わる

どこの教会に行っても見分けが難しい 変な器ばかりなっていく

霊の見分けはクリスチャン生活の根本にかかわってくる どんな霊を受けるかがポイント

 

17:2 それから、彼に次のような主のことばがあった。

17:3 「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。

17:4 そして、その川の水を飲まなければならない。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」

17:5 それで、彼は行って、主のことばのとおりにした。すなわち、彼はヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに行って住んだ。

17:6 幾羽かの烏が、朝になると彼のところにパンと肉とを運んで来、また、夕方になるとパンと肉とを運んで来た。彼はその川から水を飲んだ。

雨も露も降らない どの教会もまともな集会が無くなる しかし、すべてがそうではない

働き人は、神に養われる カラスがやってくる:エリヤは養われた

 

17:7 しかし、しばらくすると、その川がかれた。その地方に雨が降らなかったからである。

17:8 すると、彼に次のような主のことばがあった。

17:9 「さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。」

エリヤを養ったやもめについて やもめにポイントがある 

バビロンの反対はやもめ、やもめとはこの世につかない人、天から夫がやってくる、地上に夫はいない、天からくる夫を待つクリスチャン

シャデラク、メシャコ等は悪霊のリバイバルに投げ込まれた、しかし、火の害は受けなかった

クリスチャンが聖霊の声を聞かなくなる:聖霊が追い出される→悪霊のリバイバル(大背教)

 

17:10 彼はツァレファテへ出て行った。その町の門に着くと、ちょうどそこに、たきぎを拾い集めているひとりのやもめがいた。そこで、彼は彼女に声をかけて言った。「水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。」

17:11 彼女が取りに行こうとすると、彼は彼女を呼んで言った。「一口のパンも持って来てください。」

17:12 彼女は答えた。「あなたの神、主は生きておられます。私は焼いたパンを持っておりません。ただ、かめの中に一握りの粉と、つぼにほんの少しの油があるだけです。ご覧のとおり、二、三本のたきぎを集め、帰って行って、私と私の息子のためにそれを調理し、それを食べて、死のうとしているのです。」

リバイバルにわく時代がくる しかし、神の目にまともなメッセージが無くなる、神が渇く

かめの中にひと握りの粉、つまり聖霊が少ししか残っていない

焼いたパン:御言葉のたとえ、つまりメッセージに関しての語りかけ

パンは焼かなければ食べられない→聖霊の火で小麦粉(御言葉)は焼かなければ、食べられない

メッセンジャーは祈りによって、聖霊の力を待ち望まなければならない

祈って聖霊が働かないとダメ、つまり、言葉だけではない

 

17:13 エリヤは彼女に言った。「恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず、私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。それから後に、あなたとあなたの子どものために作りなさい。

17:14 イスラエルの神、主が、こう仰せられるからです。『主が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。』」

17:15 彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。

17:16 エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった。

やもめのような歩みにポイントがある

聖霊の雨が無い時にどうするか?→預言者エリヤのような者を助けることにポイントがある

御言葉も聖霊も消えることが無い

エリヤ的:預言者的な働きには賛成されない→カルト扱いされたりする

しかし、預言者を助ける時、かめの粉、つぼの油は尽きず、話す言葉もますます与えられる

 

17:17 これらのことがあって後、この家の主婦の息子が病気になった。その子の病気は非常に重くなり、ついに息を引き取った。

17:18 彼女はエリヤに言った。「神の人よ。あなたはいったい私にどうしようとなさるのですか。あなたは私の罪を思い知らせ、私の息子を死なせるために来られたのですか。」

17:19 彼は彼女に、「あなたの息子を私によこしなさい。」と言って、その子を彼女のふところから受け取り、彼が泊まっていた屋上の部屋にかかえて上がり、その子を自分の寝台の上に横たえた。

17:20 彼は主に祈って言った。「私の神、主よ。私を世話してくれたこのやもめにさえもわざわいを下して、彼女の息子を死なせるのですか。」

17:21 そして、彼は三度、その子の上に身を伏せて、主に祈って言った。「私の神、主よ。どうか、この子のいのちをこの子のうちに返してください。」

17:22 主はエリヤの願いを聞かれたので、子どものいのちはその子のうちに返り、その子は生き返った。

17:23 そこで、エリヤはその子を抱いて、屋上の部屋から家の中に降りて来て、その子の母親に渡した。そして、エリヤは言った。「ご覧、あなたの息子は生きている。」

17:24 その女はエリヤに言った。「今、私はあなたが神の人であり、あなたの口にある主のことばが真実であることを知りました。」

やもめの歩みをしていた時に、死んだ息子が生き返る 子供:信者

死ぬ:この世につき、この世に巻き込まれ、霊的に死んだ状態のこと(罪と関連している)

預言者を助ける働きに入っていくと、死んだ歩みから生きた歩みに入っていく

名目だけでなく、実際によみがえって生きた歩みをしていく