Ⅱコリント人への手紙8章 2012.5.27,6.3

 

メッセージの前に・・・この章で何度も出てくる「恵み」ということばは、「献金」や「奉仕」のことです。

前半では、献金を捧げると、どのような恵みを受けるのか?について学んでいきたいと思います。

また、後半では、献金の奥義やたとえの意味合いに関してもみていきたいと思います。

 

8:1 さて、兄弟たち。私たちは、マケドニヤの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせようと思います。

神の恵み:献金

献金をするとどうなるのか?→手元の額は減る、この世的には損失

しかし聖書は、献金は恵みであると言っている

ここで、聖書のパターンは、人間の常識と違うことが理解できる

たとえば、メシヤ来臨も同様、すべての預言を成就してキリストは来られたにも拘らず、王として来られると・・・そのように、多くの人々は間違えた

ゆえに聖書の恵みも私たちの常識と異なる

十分の一献金に関しても忠実に行うときに恵みに入る

経済が支えられたりもする

献金に関して、一見、そんな風に見えない、しかし、恵みに直結する

神のことばが正しいので、人間的にとらえてはダメ

もし、行わないなら、恵みから外れてしまう

神のことばと争わずに実践する

お金では換算できない恵みや祝福があるから

また、金額の多い少ないではない

全財産、2レプタ(20円相当)をささげたやもめを主は誰よりも多くささげたと賞賛している

 

参照 マルコ12:42,43

12:42 そこへひとりの貧しいやもめが来て、レプタ銅貨を二つ投げ入れた。それは一コドラントに当たる。

12:43 すると、イエスは弟子たちを呼び寄せて、こう言われた。「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。

 

8:2 苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。

「極度の貧しさにもかかわらず」と書かれているように、貧乏な人であっても捧げて恵みを受けている

先のやもめの話ではないが、給料の多い、少ないではない

試練が増す、しかし、喜びが増す、これも人間の常識と異なる

聖書の方法は違う

神の御心を行って、困難、試練があって、より分けがある、しかし、喜びに満ちている→このことは、まさに、聖書的な真理

聖霊にある喜びが増してくる、深い喜びがある

神様の御心を行っての苦しみについては、助けや喜びがくる

 

8:3 私はあかしします。彼らは自ら進んで、力に応じ、いや力以上にささげ、

8:4 聖徒たちをささえる交わりの恵みにあずかりたいと、熱心に私たちに願ったのです。

交わりの恵み:献金

献金をすることによって働きの一部にあずかる

働きをするのは一部の人であっても、それを支えることによって同じような恵みを受ける

 

8:5 そして、私たちの期待以上に、神のみこころに従って、まず自分自身を主にささげ、また、私たちにもゆだねてくれました。

奉仕、献金をもって自分たちを捧げて聖徒に仕えていった

順番として、まず、自分自身を神に捧げる、そして、それが用いられる

その結果、何を用いるのかが見えてくる

お金や奉仕に関して、出し惜しみしていたりしたら、恵みに入れなかったり、恵みを失ってしまう

自分の時間を神に捧げるとだんだん見えてきて働きに入っていく

自分の思いや考え、あるいは、自分の名誉とか生きがいではなく、神の前に捧げていく

お金や時間を主の御心にしたがって自分自身を捧げる

それによって方向が示される、そうしたら、その方向に行く

そうでないと違うものを掴んだり、違う方向へ行ってしまったりしまうから

主に言われたら潔く捧げる(場合によっては切らなければいけないものもある)

主の御心をとらえていく、この一点に目を留める

 

8:6 それで私たちは、テトスがすでにこの恵みのわざをあなたがたの間で始めていたのですから、それを完了させるよう彼に勧めたのです。

8:7 あなたがたは、すべてのことに、すなわち、信仰にも、ことばにも、知識にも、あらゆる熱心にも、私たちから出てあなたがたの間にある愛にも富んでいるように、この恵みのわざにも富むようになってください。

恵みのわざ:献金

 

8:8 こうは言っても、私は命令するのではありません。ただ、他の人々の熱心さをもって、あなたがた自身の愛の真実を確かめたいのです。

献金は愛の真価を確かめられる

 

8:9 あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。

このことは、献金に関連して言われている

神から人間の姿になる→貧しくなる、卑しい姿、ゆえに神が人間になるのは謙遜なこと

主が貧しくなったので恵みを受けることができた

キリストもそうだから私たちもそうでなければいけない、このことは神が望まれていること

人間的には損のようであっても、本来の神の恵みに入っていく

神の御言葉に従うなら知恵が与えられる

奉仕して貧しくなるのは聖書的

しかし、人々が滅びから免れるなら恵み

そして、損ばかりかと言うと、そうではない

たとえばニュースレターのメッセージに関して書くべきテーマや内容が与えられたりする、要するに、必要なことを教えてもらえたりする

霊的な恵みがある

聖書に書いていることは、嘘や誇張ではなく、本当に捧げる人は、恵みを受ける

 

8:10 この献金のことについて、私の意見を述べましょう。それはあなたがたの益になることだからです。あなたがたは、このことを昨年から、他に先んじて行なっただけでなく、このことを他に先んじて願った人たちです。

先んじて行うことに恵みがある

 

8:11 ですから、今、それをし遂げなさい。喜んでしようと思ったのですから、持っている物で、それをし遂げることができるはずです。

8:12 もし熱意があるならば、持たない物によってではなく、持っている程度に応じて、それは受納されるのです。

受納される:神に受け入れられる

神の恵みの働きに関して、今現在、持っているもので、神が受け入れてくださる

神の恵みを分かち合うときに気をつけること→その人の人間的なものを見て萎縮してしまうことのないようにする

Ex:証やメッセージを語るときに流暢に話す、上手に賛美歌を歌うなど

「今、持っていない能力を捧げろ!」とは言っていない!!

程度に応じて捧げていくなら神の前に受け入れられる

奉仕において、人と比べるのはNG

たとえば、英語が話せるようになったら奉仕をしよう!NG

「すでに持っている程度に応じて」にポイントがある

「できないからダメだ!」という惑わしがくるかも知れない、でも、できることを行っていく

献金だけのことではなく、色々な奉仕、恵み、教えられたことを分かち合う

くり返しますが、現時点であるものを捧げていくことにポイントがある

 

8:13 私はこのことによって、他の人々には楽をさせ、あなたがたには苦労をさせようとしているのではなく、平等を図っているのです。

このことは、献金だけのことを言われているのではなく、奉仕のことも、そうだと言っている

各自で奉仕をする中で、平等を図っていく

 

8:14 今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになるのです。こうして、平等になるのです。

あなたがたの余裕:それぞれの人が持っているものを分かち合う

それぞれの人ができることが違う、それを分かち合うことで平等を図る

Ex:レムナントキリスト教会に関しては、終末の解き明かしの働きがある

教会に得意分野がある、奉仕をしていく中で欠乏を補う

そんな風にしていくと、他からの助けがくる

教会、奉仕は、持ちつ持たれつという部分がある

自分の分野で行い、他の人の欠乏を補う→平等になる

 

8:15 「多く集めた者も余るところがなく、少し集めた者も足りないところがなかった。」と書いてあるとおりです。

参照 出エジプト記16:16-18

16:16 主が命じられたことはこうです。『各自、自分の食べる分だけ、ひとり当たり一オメルずつ、あなたがたの人数に応じてそれを集めよ。各自、自分の天幕にいる者のために、それを取れ。』」

16:17 そこで、イスラエル人はそのとおりにした。ある者は多く、ある者は少なく集めた。

16:18 しかし、彼らがオメルでそれを計ってみると、多く集めた者も余ることはなく、少なく集めた者も足りないことはなかった。各自は自分の食べる分だけ集めたのである。

 

信仰の歩みに関して教えている

多く集めるとか少なく集めるとか書かれている、しかし、数に関して気にする必要が無いことを言われている

数、量に、人は注目しやすい

しかし、主の示した奉仕に注目することにポイントがある

教会に示された終末の啓示を、ちゃんと伝える

Ex:セミナー、ニュースレター、出版

出来る奉仕をしていく中で、養われる人が出てくる

Ex:音声礼拝、ニュースレターなど

主の言われていることを行っていくなら教会としても、恵みにしても、足りないことはない

人間的な形として多いとか少ないということは、神の前に関係無い、十分、足りている

 

8:16 私があなたがたのことを思うのと同じ熱心を、テトスの心にも与えてくださった神に感謝します。

8:17 彼は私の勧めを受け入れ、非常な熱意をもって、自分から進んであなたがたのところに行こうとしています。

8:18 また私たちは、テトスといっしょに、ひとりの兄弟を送ります。この人は、福音の働きによって、すべての教会で称賛されていますが、

8:19 そればかりでなく、彼は、この恵みのわざに携わっている私たちに同伴するよう諸教会の任命を受けたのです。私たちがこの働きをしているのは、主ご自身の栄光のため、また、私たちの誠意を示すためにほかなりません。

自分の持っている豊かさを他の人にも分け与えていく

 

8:20 私たちは、この献金の取り扱いについて、だれからも非難されることがないように心がけています。

8:21 それは、主の御前ばかりでなく、人の前でも公明正大なことを示そうと考えているからです。

献金(原語):豊かさ、豊富さ

恵み:奉仕、啓示、教え→豊富さに関する取り扱いについて、だれからも批難されることがないようにする

私たちが神から恵みを受けたときに他の人から批難されないようにする

神の前にも、人の前にも、あるべき方法で奉仕しなければいけない、そうでないと批難されてしまう

啓示が開かれたにもかかわらず、だれにも見せないのは良くない、もし、そのようにするなら、災いがくる

しかし、ちゃんと語るなら、恵みや祝福に入る

Ex:出版、ニュースレター、セミナー

啓示を受けたら責任がある、ゆえに正しく対応しないと神や人から批難を受ける

聞こうが聞くまいが、公明正大に語っていく

受けている恵みに関して、責任があることは正しく理解する

 

8:22 また、彼らといっしょに、もうひとりの兄弟を送ります。私たちはこの兄弟が多くのことについて熱心であることを、しばしば認めることができました。彼は今、あなたがたに深い信頼を寄せ、ますます熱心になっています。

8:23 テトスについて言えば、彼は私の仲間で、あなたがたの間での私の同労者です。兄弟たちについて言えば、彼らは諸教会の使者、キリストの栄光です。

8:24 ですから、あなたがたの愛と、私たちがあなたがたを誇りとしている証拠とを、諸教会の前で、彼らに示してほしいのです。

お互いに兄弟たちは恵みや賜物を分かち合う

そして、コリントの教会の人々は献金をして足りないところを補った

主の言われたことを正しく行っていきたい