詩篇55篇 2014.4.20

 

 

 

55:1 神よ。私の祈りを耳に入れ、私の切なる願いから、身を隠さないでください。

 

55:2 私に御心を留め、私に答えてください。私は苦しんで、心にうめき、泣きわめいています。

 

55:3 それは敵の叫びと、悪者の迫害のためです。彼らは私にわざわいを投げかけ、激しい怒りをもって私に恨みをいだいています。

 

ダビデは正しく、神の前に忠実だった、しかし彼を迫害する人がいた

 

世の終わり、正しいけれども迫害される時が来る、この世では悪く言われたりする

 

しかし聖書は、後の世にターゲットを置いている

 

主の価値観も、後の世

 

主の歩みに準じる

 

ゆえに迫害を気にしない

 

3節「わざわい」(KJV):不正

 

艱難時代の1つの大きな問題:クリスチャンがクリスチャンを迫害する日、それは片方が正しくない教理を信じているから

 

「恨みをいだいています」とあるように、恨みを抱かれる

 

イエスさまと律法学者の論争が再現する

 

 

 

55:4 私の心は、うちにもだえ、死の恐怖が、私を襲っています。

 

55:5 恐れとおののきが私に臨み、戦慄が私を包みました。

 

死刑にされる可能性がある

 

 

 

55:6 そこで私は言いました。「ああ、私に鳩のように翼があったなら。そうしたら、飛び去って、休むものを。

 

55:7 ああ、私は遠くの方へのがれ去り、荒野の中に宿りたい。セラ

 

55:8 あらしとはやてを避けて、私ののがれ場に急ぎたい。」

 

ダビデの希望:逃れたい

 

,8節のことが、艱難時代に勧められていること

 

参照 ヨハネの黙示録12:13,14

 

12:13 自分が地上に投げ落とされたのを知った竜は、男の子を産んだ女を追いかけた。

 

12:14 しかし、女は大わしの翼を二つ与えられた。自分の場所である荒野に飛んで行って、そこで一時と二時と半時の間、蛇の前をのがれて養われるためであった。

 

13節:迫害される教会

 

14節:三年半の艱難時代、荒野に逃げる

 

「荒野」は「都」ではない所

 

都を出る

 

参照 ルカの福音書21:21

 

21:21 そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。都の中にいる人々は、そこから立ちのきなさい。いなかにいる者たちは、都にはいってはいけません。

 

荒野:仮庵、地下教会

 

参照 マタイの福音書24:16,17

 

24:16 そのときは、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。

 

24:17 屋上にいる者は家の中の物を持ち出そうと下に降りてはいけません。

 

三年半の間、都を出て、荒野(地下教会)を作る

 

三年半の間、正式な教会に戻ってはダメ、仮庵の祭りを祝う

 

大わし:聖霊

 

そこで艱難時代をやり過ごすのが神の方法

 

これから地下教会を作ることに励んでいく

 

詩篇7節は、どのようにクリスチャンが艱難時代をやり過ごすのか?の暗示

 

8節の「あらし」は、悪霊のリバイバルのこと

 

荒野に逃げることで、おかしなリバイバルから逃れる

 

都に留まるときに、悪霊にやられて正しいことが見えなくなる

 

 

 

55:9 主よ。どうか、彼らのことばを混乱させ、分裂させてください。私はこの町の中に暴虐と争いを見ています。

 

終わりの時代、不正なクリスチャンはことばが混乱し、分裂する

 

参照 マタイの福音書24:6,7

 

24:6 また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。

 

24:7 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんと地震が起こります。

 

上記みことばは、教団同士の争いの時が来るということについて語られている

 

 

 

55:10 彼らは昼も夜も、町の城壁の上を歩き回り、町の真中には、罪悪と害毒があります。

 

55:11 破滅は町の真中にあり、虐待と詐欺とは、その市場から離れません。

 

偽りが背教の教会を侵食していく→あらゆる終末の教理が偽り

 

Ex:艱難前携挙説

 

今のキリスト教会は11節のことが成就しつつある

 

 

 

55:12 まことに、私をそしる者が敵ではありません。それなら私は忍べたでしょう。私に向かって高ぶる者が私を憎む者ではありません。それなら私は、彼から身を隠したでしょう。

 

55:13 そうではなくて、おまえが。私の同輩、私の友、私の親友のおまえが。

 

12節に書かれているように、この世の人が迫害する敵ではない

 

そうではなく、「私の同輩、私の友」

 

(KJV):指導者、導き手

 

このことはまさに教会で起きること→兄弟(信仰の兄弟姉妹)が兄弟を訴える、それが再現する

 

 

 

55:14 私たちは、いっしょに仲良く語り合い、神の家に群れといっしょに歩いて行ったのに。

 

55:15 死が、彼らをつかめばよい。彼らが生きたまま、よみに下るがよい。悪が、彼らの住まいの中、彼らのただ中にあるから。

 

裏切る人は、真理が見えていないから、おかしなものを掴んでいるから

 

Ex:イスカリオテのユダ

 

クリスチャンから裏切られる時が来る、しかし味方になる人もいる

 

Ex:最後の晩餐に残ったイスカリオテのユダを除く11弟子

 

 

 

55:16 私が、神に呼ばわると、主は私を救ってくださる。

 

55:17 夕、朝、真昼、私は嘆き、うめく。すると、主は私の声を聞いてくださる。

 

55:18 主は、私のたましいを、敵の挑戦から、平和のうちに贖い出してくださる。私と争う者が多いから。

 

55:19 神は聞き、彼らを悩まされる。昔から王座に着いている者をも。セラ  彼らは改めず、彼らは神を恐れない。

 

Ex:不正な裁判官

 

艱難時代、夜、昼、朝と祈っていく

 

 

 

55:20 彼は、自分の親しい者にまで手を伸ばし、自分の誓約を破った。

 

親しいクリスチャンも裏切る

 

誓約:契約

 

世の終わり、契約を破る

 

参照 ダニエル書9:27

 

9:27 彼は一週の間、多くの者と堅い契約を結び、半週の間、いけにえとささげ物とをやめさせる。荒らす忌むべき者が翼に現われる。ついに、定められた絶滅が、荒らす者の上にふりかかる。」

 

:反キリスト

 

「契約」とは、アブラハムと神との契約のこと→天の御国に入れる契約

 

クリスチャンはキリストと契約を結ぶ

 

しかし一週間の間、クリスチャンは反キリストと契約を結ぶ

 

キリストに対して色々ないけにえやささげ物をやめさせる

 

惑わされたクリスチャンはキリストとの契約を破り、反キリストを拝む

 

このことは聖書のあちこちに書いてある

 

Ex:エサウ→長子の特権を売る、愚かな娘→油を用意していなかったためキリストの花嫁になれなかった

 

教会は徐々にキリストから離れつつある

 

アメリカは、そのリーダーになっている

 

Ex:おかしな法律をもとに、正しいクリスチャンが逮捕されている

 

アメリカは最先端を行っている

 

このことはクリスチャンを選り分けるものとなる、そしてキリストのみことばから外れていくクリスチャンがいる

 

また、キリストの名で祈らないという風潮も広がりつつある

 

 

 

55:21 彼の口は、バタよりもなめらかだが、その心には、戦いがある。彼のことばは、油よりも柔らかいが、それは抜き身の剣である。

 

色々とやさしいことを言っても、おかしな教理を言ってくる、そして倒される

 

Ex:地獄は無い

 

 

 

55:22 あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。

 

艱難時代になっても主に委ねる→守ってもらえる

 

 

 

55:23 しかし、神よ。あなたは彼らを、滅びの穴に落とされましょう。血を流す者と欺く者どもは、おのれの日数の半ばも生きながらえないでしょう。けれども、私は、あなたに拠り頼みます。

 

クリスチャンでも、こういう人が出てきて、滅びる人がいる

 

世の終わりは、クリスチャンの選り分けの時

 

Ex:麦と毒麦

 

ゆえに「クリスチャンであれば皆天国」という教えは、非聖書的と言える